さて、さらに続く。
ウレシカから、次は都立総合芸術高校へ。
富久町、こんなふうになっちゃったんだね。

最後の出演が娘の高校で
ものすごい観客。かろうじて椅子席を確保したからよかったが
詰めろ詰めろで、ぎゅうぎゅうに詰め込まれて桟敷や階段や
隙間なく入れるだけ入れた感じ。
そもそも狭すぎる。
審査員も窮屈そうだ。
さてその審査員だ。
あとで話を聞いて、審査員というものを考えさせられた。

まず2名。ということについては
もっと増やすべきだと娘の高校の顧問は
ずっと言い続けているそうで、
確かに講評での発言を聞くと
「〇〇役の子は最初、そんなでもなかったけど
途中からすっごくかわいくなった」
なんて全員が「は?」てな反応をしてしまうような
あるいは「若い子たちの演劇を見て感動しました」
なんてツイートしているようなレベルの演劇関係者2名で決めるのは
どうなんだろう? とは思うけど、
まっさらで新鮮な視線が良いともいえる。

にしても知識がなさすぎるのではないかなあ。
高校演劇といえば、という常識程度のことを
知っておかないと、とんちんかんな質問をしたり、
「ちょ、ちょっとそれ、まずいんじゃない?」
と、ひやひやするような感想や
「そんなに感動してるけど、このレベルだって
有名だから、会場、こんな感じなんですけど」
なんて、恥ずかしいこともあり・・・。

私も絵本の審査員をしているが、そうかそうか
ある程度、知識は大事だけど
気持ちは新鮮さを保ちながら向き合うべきなんだな
と勉強になりました。

娘達の公演はさすがに皆、泣いていて、
そこにいた人たちだけでも
戦争はいけない。絶対に戦争の悲劇を繰り返すべきではない
と思ったはずだ。

あまり知られていない戦後の出来事を描いた作品で
同じ題材を映画にした『氷結の門』は公開できずお蔵入り。
これを演劇でやるのは5,6年ぶりだそうだが、もうできなくなるのでは
という危機感から、今回の上演となった。
脚本は顧問。

題材が題材なので、地区大会どまりであろう。
と、誰もが思っているところが恐ろしい。
戦争物はご法度だ。
この間、テレビでやっていた全国大会の模様で
長崎の高校がやった戦争ものがあったが
あれは劇団四季の脚本だからだと思う。
(原発を扱ったものもあって、よかった)

過酷な訓練というか、逆にここが軍隊か? というか
まあ、痣だらけでぼろぼろになりながらの稽古の中で
これを演じるにあたって、読むべき資料として
顧問から渡されたリストを持って、稽古で時間のない娘にかわり
「あ、ついでだから探してきてあげるよ」
と図書館に行って、びっくりした。
戦争と、反戦ものが分かれている。
反戦ものは奥の裏の棚にまとめられていた。
赤というかショッキングピンクのラベルが貼られていて
それを見たとき、ぞっとした。

『はだしのゲン』なんてほんの一部だ。
相当じわじわと進んでいる。

バリカンを持って、泣きながら弟の髪を刈るシーンのとき、
「本番で、またバリってやっちゃった。
前に通し稽古でも、ほんとに刈ったんだよね。
先生も、本当にやっていいから、って言ってたからいいんだよ」

文化祭でも2公演やるそうで、終わった頃には
その男子はどんな頭になっちゃうのか、心配だ。
そして昔のバリカンを貸してくれた方、ありがとうございます!

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プロフィール

もとしたいづみ

Author:もとしたいづみ
絵本・童話作家やってます。
エッセイ集『レモンパイはメレンゲの彼方へ』(集英社)
幼年童話『うめちゃんとたらこちゃん』絵・田中六大(講談社)
絵本『せつぶんセブン』絵・ふくだいわお(世界文化社)など

ツイッターは
もとしたいづみ
(@motoshita123)

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