クーラーとおばあさん


何もそんなにいっぺんに買わなくても・・・・
と思われているであろう大量の買い物を
よたよたとどうにか運んでいたら、
マンションの玄関で郵便配達人らしき人に
声をかけられた。

「そのおばあさんを中に入れてあげてください」
おばあさんは、車椅子に乗っていて、見かけた記憶はない人だ。
195世帯のマンションなので会ったことのない人など大勢いる。

暗証番号を押して、一緒にエレベーターホールに入りながら、
「クーラーがわからなくて電気屋さんに行ったけど昼休みだった」
「寒いからクーラーの温度を変えたい」
などと言うので、
「自信はないが、リモコンぐらいはたぶん扱えると思うので
一緒に行きましょうか」
となった。

途中、自分は85歳で、年をとると馬鹿になる。
年をとりたくないものだと何度も嘆きながら
クーラーの使い方は聞いたのだが
忘れてしまった。
しかし彼女が「おねえちゃん」と呼ぶ、
おそらくは私くらいの娘は、出かけているし、
よその人に教えてもらったなどとは言えない、と呟く。
了解、極秘で、ですね
と思い、案内されて途中階の東側の廊下を進んだ。

ドアのカギを開け、車椅子から降りて
ドアストッパーを挟んで、車椅子を器用に畳み、
ドアストッパーを新聞受けに置き、
鍵はバッグの中の小さな鍵入れにしまい
外側に鍵が刺さっていないか確かめるスムーズな動きを見ていると
こういった動作は体が覚えているのだなあ。
というか、普通に動けるように思われるが
車椅子の方が安心なのだろうか。

「あ、鍵しめて!」と言われた。
大量の買い物は冷凍食品が気になりながらも玄関の外に置いた。

うわー! と驚く物の多さは、自分が年をとり、
同居することになった「おねえちゃん」が
(たぶんボケてしまった母親が心配で)
荷物をたくさん持って来たからだそうで
中に入ると、「おねえちゃん」の配慮はわかった。

隣の部屋のクーラーが26度に設定されていて
おばあさんの部屋のクーラーはつけていない。
おそらくベッドに冷風が直撃することを避けたのだ。
襖の開け閉めで調整できるようにしてあるのだろう。

「28度なんて、どうしようもないでしょ?」
と言う。
どどどどどういうこと? と思い、探りを入れると
「暑いから、自分の部屋のクーラーを「除湿」にしたい」
という話になっている。

「さて」と、おばあさんの部屋のリモコンを手に取ると
それはテレビのリモコンだった。
「クーラーのリモコンはどこですか?」
「あら、ない?」
探しようにもあまりに物が多すぎてどこを
探せばいいかわからない。

「かばんの中かしら」とごそごそ探りながらも
「年をとってバカになってしまった」「年はとりたくないものだ」を繰り返す。

一旦「リモコンがない」「わからない」となって混乱したのか
バッグの中から鍵を取り出し「これは?」と見せる。
「それは鍵ですね。リモコンはもっと大きいですよね」
「まあ、どこだろ? 奥さん、ちょっと座って」
と気を使ってくれるが実際座れる場所はなく、
途方に暮れる。

しかしやけに厚着をしているおばあさんを
そのままにはしておけないので
こういう場合はその「おねえちゃん」という人に連絡した方がいいのか
管理人が昼休みから戻って来るのを待って話した方がいいのか
とりあえず、今度は「暑くてたまらない」と言い出すおばあさんに
隣の部屋の設定温度を下げておくので、今は襖を開けておいて
寒くなったら閉めて、あとは着ているもので調節してくださいと言い置いて
帰って来た。

数日後、34度の午後2時。
実家の母に電話して
「ちゃんとクーラーつけてる?」
と聞くと
「えーとね。つけてないけど今庭で仕事してたの。
なんか体動かしたい! って思って」
いやいやいやいや、昔の暑さと違うんだから
そんなのは涼しくなってからやって
クーラーつけて部屋の中にいて。

と言うが「あらあ、うふふ。心配してくれてありがとうねえ」
「まあ、忙しいのにすみませんね」
と一言一言嬉しそうに返答するだけだ。

先週、クーラーの操作がわからなくなったようで
高い場所にあるコンセントを抜いてあったと
妹から聞いたばかりだ。
ソファの縁に片足で乗って、背伸びをして力任せに
引き抜いたのだろう。
そんな芸当ができるのも健康で体力筋力が
異様にあるからなのだが、
どうにかしてこれを解決しなくてはならない!
と思うと、案外いろんなことができるのかもしれない。

電気屋さんに行くなんてなかなか思いつかないしなあ。


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プロフィール

もとしたいづみ

Author:もとしたいづみ
絵本・童話作家やってます。
エッセイ集『レモンパイはメレンゲの彼方へ』(集英社)
幼年童話『うめちゃんとたらこちゃん』絵・田中六大(講談社)
絵本『せつぶんセブン』絵・ふくだいわお(世界文化社)など

ツイッターは
もとしたいづみ
(@motoshita123)

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